旅行アイテムを買った

ワクチンも2回接種したので意を決してショッピングモールへ行ってきた。普通に混んでてちょっとびっくり。温泉・鉄道旅用のアイテムを買ってきた。リュックサックは先日購入、更に今回はウォーキング用に白いシューズ、それと出張用にリュックサックに入るA4ビジネスバッグ。更に下着も買って、冬用のパジャマも買った(パジャマは旅行に関係ないか)。

実はこの週末にまた普通列車を使い温泉旅行に行くので、それ用のアイテムを揃えた。意外に旅行の友になっているのがbluetoothスピーカー。ウォークマンとセットで持っていき、車内ではヘッドホンで音楽を聴き、宿泊先ではこのbluetoothスピーカーを通して音楽を聴く。使っているのは以下のスピーカー。小さいのに音がしっかり出ててほぼ毎日使っている愛用品でマジお勧め。

以前なら旅先で外に飲みに出ていたのだが、コロナ禍が怖いことと、部屋で静かにアルコールと肴を持ち込んで飲んでいる方が落ち着く。

ここ最近はホントに飲みに行っても口数が減ってしまって、まあ以前からbar等では喋り過ぎてて静かに飲もうと思ってたのが実現できたのは良いんだろうけどな。

手に入れたものは増減せず、変わっていくだけ

18歳で家を出てから、何回住む場所変わったか。今、住んでいる場所で4都市目か。同じ都市内だともっと多い。これからもまた住む場所は変わるんだろうな、となんとなく思ってる。しかも住む場所は段々と故郷から遠くなっている。最後俺はどこで死を迎えるのだろう。

俺に取ってはそういう生活の基盤となる場所がどんどん変わるのはもう当たり前に近くなってて、住む場所が変化することは苦ではなくなってきた。そしてそういう人生を歩んでいく中で、住んだ場所で得た行きつけのお店や、文化なんかもいつか手放し、また別の場所で手に入れていく。

年を取るごとに手元にあるものが増えていく、と言う感覚は無くて、常に手元にあるものが変わっていく、と言う感覚。なので、何かを失ったように見えて、きっと代わりの何かを手に入れてる。失ったように感じるのは、その手に入れたものが分かりにくくなっているだけ。

年を取ると、若かりし頃がもう二度と手に入らないもので、思い出すだけで胸をかきむしるような気になることがある。でもきっと今の何かを手に入れていて、また老人になったころに今の時代を思い出して同じような思いに至るのだろうか。

温泉に行ってきた

鈍行列車に揺られながら3時間、温泉へ行ってきた。本当に鄙びた温泉で、近隣に食事も買い物もするところが無いので夕食やらおやつやら酒やら持ち込みで行った。途中、有名な温泉駅で通ったのだが、おばさま方がおしゃべりしながら大きなカバン持って降りて行った。きっとお洒落な大きな温泉宿でも行くんだろうな。

俺は大好きな宿の条件は部屋数は10部屋に満たず、風呂・トイレ共同。個人経営で、昭和の香りが残る宿。温泉はこじんまりした内湯が一つだけ。そういう宿が気に入ってる。しんとした和室で独り横になっていると何とも言えない幸せを感じる。誰も俺の居場所を知らない、隠れ家に来たような気になる。そして気が向けば、温泉に入り、ゆったり。部屋に帰って酒を飲んでゆったり。今回の宿は窓の外を川が流れていて、川の流れる音だけが聞こえる。

翌朝も早起きをして朝風呂に入り、共同の水場で歯を磨く。そして時間になれば食堂に行って朝ご飯を食べる。列車の到着時刻が近づいてきて、チェックアウトをして駅まで向かう。この駅がまた無人駅で線路の上りも下りもすぐに山の中へと消えていく。こうやって不便な場所まで時間をかけてくること自体が、俺に取っては必要な儀式、娯楽。

Julia Fordham – Cutting Room Floor

Julia Fordhamの最新アルバム。俺は彼女の公式サイトからダウンロードしたのでおそらく日本でもかなり早い段階で手に入れた(と思う)。

彼女のアルバムは30年以上にわたり購入を続けている。ライブもここ何年かは来日の度に行っているので、おそらく俺はコアなファンなのだろう。

だろう、と言うのは不思議なのだが、そんなに熱狂的なファンではないと自分でも思う。でも彼女の曲は空気のように常に俺の傍にあって、昔の曲を聞くとその当時を思い出す。

それだけではなくて、ずっと聞いているとまた新たな発見とかがあって、俺が成長するとともに彼女の曲も合わせて変化していっているような感じなのだ。

前置きが長すぎたけど、今回のアルバムも良くて、最近のヘヴィロテです。なんというか空気感が統一されていて、それがJulia Fordhamらしいし、また俺にもすっと入ってくる感じ。正に前述した空気のような感じ。透明感と清潔感がある。

お勧めの曲をいくつか紹介。

オシャレなカフェでかかってそうな曲。

歌詞の通り、ゆっくりと沈んでいく感じが素晴らしい。

自分語りしたくなった

俺はバーテンダーとホステスの間に出来た子供だった。俺が2歳の時に離婚。離婚原因は未だにはっきりしないが、おそらく父親側の浮気だろうと思う。父親は遊びで俺の母親を抱き、俺が出来て結婚したんじゃないだろうかと思う。

2歳からは祖母と母と3人暮らし。途中、2階に創価学会のおばさんが下宿を始めた。家は掘っ立て小屋みたいな感じだった。自分の部屋も無く、居間で勉強も食事も寝るのもしてた。母親はホステスをしていたので夜は祖母と2人きりだった。夜は母がいなくて寂しかったのを覚えてる。深夜に母が帰ってくると、祖母が、俺が可哀そうで、と泣き、母がそんなこと言ってもしょうがないじゃない!とよく切れてた。

それでも今思い返すと俺はあの頃は母や祖母に愛されていた幸せな時間だった。そして父も、下校時間にたまたま車で通りがかったと言って会うことがあった。あれは偶然じゃなくて時間帯をきっと合わせて通っていたのだと気づくのはだいぶ後だった。

中学に上がる前に、母親に新しい恋人が出来た。その時の言葉は今でも覚えてる。「あんたが来なくても私はこの人と結婚するから」俺は別にその新しい恋人に何の悪意も好意も持っていなかったのでそのまま母親について新しい父親が出来た。

新しい父親は気が小さいけどギャンブルにお金を突っ込んで借金を抱えていた。借金取りの人が何度かうちに来て母と打ち合わせをしていたのを覚えている。暴力に訴えるような回収は見なかった。結局その後二人は離婚と再婚を繰り返しながらも同居し続けるのだが。

俺はそんな家に居続けるのが苦痛だった。借金問題で夫婦喧嘩が絶えなかったし。よく乗る私鉄に乗ると当時、一区間だけ国鉄と並走するところがあり、俺に取ってはその国鉄の線路がこの状況から逃れられる道のように思えた。

高校を卒業し、隣県の大学に進学。どうのこうの言って新しい父親は俺の進学費用や生活費を出してくれた。大学生活は楽しかった。ようやくあの家から離れられる。だけど、大学生活のうち、何回かは授業料や生活費の未払いが起こり、そのたびに嫌な気分が襲ってきた。

大学に行って半年か1年くらいして家に帰ったところ、二人の間に出来た弟が7歳くらいになっていて、その3人で家族が廻り、完結していることに気が付いた。生みの父親もだいぶ前に結婚して2児の父親。俺の帰る場所はもう無いんだな、と実感したのを覚えてる。

その後、生みの親父がしているバーに行くことがあって、そこでも親父に「お前の帰る場所は無いんだ」と言われた。分かっているよ、と思うとともに、誰がそういうところに俺を追い込んだんだ、と思う。

きっと父親は俺に強く生きて欲しかったんだろう。でもその発言は当時若かった俺には早すぎたんじゃないの、親父。

何となく急に自分語りしたくなったので発作的に書いてみた。誰も興味の無い、誰も聞きたがらないオッサンの一人語り。気が向いたら続き書くかも。

よくもこんなオリンピックを

まず、俺は作曲家とか画家みたいな芸術家はその作品と人柄は完全に分けるべきだと思ってる。なので、小山田圭吾の曲が良くて聞くことと、小山田圭吾の性格とか人となりは関係ない。確かモーツァルトもスカトロ趣味と言うことだけど、彼の曲は何百年も経った今でも愛されているし、人格攻撃する人ももういないだろう。誰かが言っていたけど、芸術家にとって作品は子供みたいなものだと。親がゲスだからと言って子供まで批判されるのは違うと思う。

で、今回のオリンピック。曲自体には何の罪もないだろうけど、こういう政治的なショーの場に登場させるのはマジでどうかと思う。このオリンピックから5年や10年過ぎた後、歴史を習う子供達が「オリンピック・パラリンピックの曲は障碍者をイジメたヤツが作ったんだよ」と聞いたら、当時の政治は気が狂っていたのかと思うだろう。

まだ開催後に発覚したのであれば理解も出来るが、分かっていながらそのまま進めると言うのは今後、何十年に渡って日本って異常だよね、と言われる。まあ、今オリンピック開催しようとしてる奴らは金さえ手に入れば後はどうでも良さそうだから、そんなことは気にしないだろうけど。

これだけの人と金がかかってるショーだから、今から変更することが大変なのは分かってる。だけど、目先の変更の手間に気を取られて、今後、何十年とオリンピック開催の度に「ああ、あの頭おかしい国 日本か」と言われ続けるのはどうかと思う。

正直、オリンピックは中止にすべき。違約金がどうの、と言っているが、IOCに交渉かければ良いし、金もゴネて払わなければ良い。その間に世界中にIOCの異常さやがめつさをアピールして世論を味方につけるべき。

IOCを敵に廻せば今後、日本での開催は出来なくなるだろうけど、それでももうイイ。

映画「1秒先の彼女」を観た

数か月に1回ほど、妙に映画館に行きたくなる時がある。そんな時はネットで上映している映画を調べて、面白そうなものをしていたら事前情報をほとんど入れずに行く。今回もそんな感じで、以下の映画を観てきた。

これが予想外に良かった。一言でいうとファンタジック ラブコメディなんだけど、登場人物や風景が妙にリアルなのが俺好み。主人公の女性は微妙な見た目だし、途中、出てくる海岸なんかも雑然としてるんだけど、寧ろそれが妙なリアル感がある。まあ、後半はファンタジー入ってくるんだけど、リアルなところはきちんとリアルなところが良い。

齢も50を超えてくると恋愛自体がもうSFな感じで、海外の恋愛映画って言うと俺には絶対に経験できないと言う意味で超絶SFなんだけど、それでも画面に現れるリアルさを感じる情景と、そしてアジア映画と言うだけで何となく心が躍ると言うか、楽観さが画面から滲み出てて、それでも最後は俺もちょっと泣いてしまったと言うホロリとさせる部分とか、全てが俺にはジャストフィットなSF映画でした(SF映画と言うのは先にも書いたけど恋愛映画全てが俺に取ってはもうSFと言う意味です。一般的にはラブコメでしょうね)。

こっからは邦画ディスになるんだけど、何で邦画ってあんなに清潔感に溢れた場面ばかりなんだろう。昔、某ドラマで俺が住んでるところの海岸が出たんだけど、ゴミだらけな海岸が凄く綺麗になってて、何だか妙に興ざめした記憶がある。別の映画でも、貧乏な設定の人が着てる服はパリッとしてたりとか、それはそれでリアリティが無くて、虚構さが浮き彫りになっちゃうんだよね。

きっとそれは映画に求めるものが違うのかも知れない。俺は映画には自分が絶対体験することが出来ない他人の人生を疑似体験することを目的としてるのだけれど、邦画の(商業的な)製作が考えているのはは単純に2時間の娯楽提供なのかも。少なくとも普通の人々をメインに映画に映すのであれば、やっぱりそこにはリアリティが普通に欲しい。

極めたいけど極められない矛盾

良い時代になった。中二病とともに、何者かになりたいと言うのは恐らく、現代人の成長過程で必ず通る道だ。それについて、今までは書物には書いてあったかも知れないけれど、そういう通過儀礼が成長途中にあると教えてもらえるのだ。こういう年を取った人からのライフハックが多く出てくるのはインターネットの恩恵だ。

中二病も何者かになりたい病も、一度は掛かっておくべき病だ。それも、皆がかかる時期に自分も同様にかかるべき。そうやってかかっておかないと、年を取ってからかかると拗らせてしまうから。

成長すれば否応なしに中二病は客観的に見て恥ずかしいし、何者かになりたい病も、年を取れば何者にもなれない自分に気が付く。年を取れば通勤電車の目の前に座っている冴えないオッサンと俺は同レベルであることを理解せざるを得ない。

俺はつくづくこの世は矛盾だらけだと思う。孤独になりたくないけど人は孤独だ。失敗したくないけど人は失敗し続ける。何者にかなりたいと願えば願うだけ、何者にもなれない自分が気が付く。

でもどれもあきらめちゃダメなんだ。孤独から逃れるために他人を理解しようとし続ける。失敗し続けるけど失敗しないように努力をする。何者かになれないけど何者かなろうと努力をする。

それは死ぬまで続く終わりのない作業。

俺は日本人が剣道とか柔道とか書道とか、何かを極めることを「道」と名付けたのは本質をついていると思ってる。そしてその道の達人は口を揃えて言う。まだまだ極めて無いんです、と。

人生も全く同じだ。死ぬまで自分の信じる道を極めようと努力をする。極められないのを分かっていながら。

It’s the last train

週末の出張が終わり、ふと思い立って家とは逆方向の普通列車に乗る。移動途中にスマホで今日中にいけるところを調べ、ホテルを予約。深夜の普通列車に乗りながらウォークマン(死後か?)を聴いていたら、ben wattのEmpty bottleが流れて、やっぱり旅っていいな、を実感。

子供の頃を思い出した。国鉄の線路が近くにあり、そこを走る汽車を見るたびに「あれに乗れば遠くへ行ける」と憧れていた。それから40年が経ち、今はどこでも行ける。当時自分が思っていた夢がかなう、と当時の自分に教えたい。

久々に飲み旅行に行った

久々に1泊2日で旅行に行った。いつものように普通列車を乗り継いで、某地方都市へ到着。緊急事態宣言を行っていない、夜も飲食店が普通に開いているところ。今までなら普通の非日常(?)だったものが今やコロナのせいでとても貴重な時間。

さんざん繁華街を歩いて店を見て回って、疲れ切ったところで見かけた小料理屋に入る。入る際、俺は緊急事態宣言の地域からの訪問者であることを自ら名乗り、NGなら退場すると話をするが快く受け入れてくれた。

入ったときの客はゼロで、俺が唯一の客。俺に取ってはよくある風景。ビールを頼みながら、肴を何にするか考える。女将さんからお任せもあると言うので、お任せでお願いする。軽いトークの中で、油ものは止めてと話しすると山菜やサラダ、魚をメインに出してくれて本当に有難い。

そうこうしていると地元の人間が段々と入ってくる。と言ってもカウンターのみ6席程度なのであっという間に一杯になる。俺は場所をカウンター端に寄り、地元の人たちのトークを何となく聞き流す。俺はあくまでスポットの訪問者で、足しげく通う常連にはなれないので、常連優先で店を廻してもらうのが筋だと思う。俺は基本的に黙食。昔はアルコールのせいもあり、調子に乗って喋りまくってたけど最近はなぜかあまり喋らなくなった。と言うか沈黙もコミュニケーションの一つだと思うようになったのか?

もうこういう一連の流れにも慣れた。うらびれた路地裏にはいつも居心地の良い店がある。どこもそういう店があって、そんな店を探して入るのが本当に楽しい。

2時間ほどで食事も最後のご飯ものが出てきて、地酒も2杯ほど頂き、良い感じで酔いが回ってきたので次の店をどうするか考える。と言ってもいつものようにお店の人とお客さんへ聞くのだけれど。

2件目はバーへ。紹介されたところはこれまた店名も小さく、灯も付いていない2階にあるバー。お客さんは医者らしき年配のオジサンとカタコトな日本語のホステスさんのカップル1組のみ。

バーテンダーさんが「うちは入りづらくて良いでしょ?」と聞いてきてああ、ここは当りのバーだなと確信。そう、バーは入りづらいところが当たり。大通りに面して大きなガラスで店内丸見えのバーはダメ。

バーは本当に別世界。廻ってきたアルコールも手伝い、現世としばしのお別れが出来る。1杯目はロングを頼み、2杯目は何となくバーテンダーさんのシェイクが見たくなったのでショートを頼んでみる。しかし、ショートはいつも思うがアルコール強すぎだよな。量が少ないからと油断するとヤバい。

で、最後はいつもその日の飲みが成功だった時に飲む某カクテルを頼んでクロージング。

翌朝、少しアルコールが残っているようだけどまた普通列車に乗り込み、ゆっくりと1日かけて帰宅。

と言うようなことが俺の最大の楽しみ。今回も本当に良い旅行だった。