黒い炎

ここ最近ドス黒い何かが心の中にずっとある。犯罪物の本を読んだり、ネットで愛憎劇など読んで、心が凹んだりやるせない思いになっている。それを何故か止められない。

何度もここで書いているけど、色んなことを失っていくこの先を考えると、諦めの気持ちとともに、理屈や常識を破って獣のように生きたいと願っているのかもしれない。若い時に色々とやっておけばよかったのだろうけど、こじんまりした人生を送ってきて、いざもう昔のように何でもできる状態じゃないって思い知らされると、失ったものだけを渇望するようになる。俺はずっと昔からそういえばそうだった。

そんなところばかり見ながら、昔のふとしたことを思い出す。

俺は両親が離婚し、それぞれが再婚してそれぞれが新しい家庭をもってる。離婚したときに俺は母親についたのだけれど、再婚で新しい男(現夫)に行くとき、俺が付いてこなくても私は新しい男と結婚する、と言ってた。

結局俺はそのまま母親について行ったのだけれど、その後その二人の間には子供ができた。そして俺の生みの父親も新しい家庭を持っていた。

俺だけがどっちつかずの、どちらの家庭からも浮いているような存在だったことをなぜか思い出した。

思えば、50手前の現時点でも家族(妻と子ども)はいるけれど、友人と言える人は全くいない。家族ももう俺にはついてこなくて、独りで行動することがとても多い。取引先の人に何気なく「あなたは結婚に向いてなさそうな気がする」と言われて、はっとした。確かにそうなのかもしれない。

俺の周りに人がいないのをもう人のせいにできる歳ではない。それは俺が求めた結果なのだ。それを受けて入れてく作業をずっとしてる。

家族もいつか去っていくのだろうか。俺の母親のように、いつか引導を渡してくるのか、もしくは俺が引導を渡してしまうのか。

きっと俺以上に孤独で、独りで生きている人がどこかにいる。彼らに救いはもたらされるのか。きっともたらされない。自分から求めて、他人を救済したとしても、もたらされることはない。

でも俺たちは救済を廻りに与え続ける必要があるんだ、きっと。あとに続く人たちが、俺みたいにならないように。

きっと。

「家族喰い」を読んで思ったこと

尼崎連続変死事件の本。こんなに読み進めるのがつらい本は初めて。とにかく角田美代子のやり口が酷すぎて、何ページか読むと気分が悪くなって休憩を取らないと読み進められない。

北九州連続殺人事件の松永太もそうだったが、とにかく誰か一人を奴隷状態に置き、それを橋頭保に他の家族にも侵食し、勢力を拡大していく。養子縁組などで家族としてしまえば、警察も民事不介入と言う言葉を盾に相手にしてくれなくなる。

この事件でも、何度も被害者は警察に駆け込んでいるのに民事不介入と言って対応しない。

関西の警察の印象は俺も悪い。以前、友人の結婚式に警察関係者が出席していたが、新婦の友人にセクハラ発言を浴びせつけて非常に不愉快だった。

実は俺の仕事関係でもこういうサイコパスがいた。彼は角田美代子とか松永太と同じやり口を使ってた。俺の家族をやたら紹介しろと言い、長時間の拘束で判断力を低下させて自分の意思を通す。しかもはっきりと意見を述べず、それとなく空気を読ませるような言動で自分の意思を表示してくる。

俺は犯罪物の本を結構読んでいたので、このやり口はサイコパス特有だなと気づき、すぐにその場から立ち去ったが、残された真面目な連中は洗脳されつつあったな。朝まででも拘束する話っぷりだったが、速攻引き揚げた。

人間って生まれた時は感情のみで動いているけど、成長するにつれ、理性を獲得し、理性に従って生きる。

だけれども、50手前の年になって周りを見渡すと、自分の欲望のために理性を使っている、欲望と言う目的を達成する手段に理性は成り下がっていることを感じる。

結局、世の中は欲望で駆動していて、その表面を薄く理性と言うものが覆っているだけなんだ。

この社会は、一見理性(法律とか、モラルなど)で動いているように見えるけど、そこで縛れる人間の行動はほんの少しで、後は欲望が支配してる。この世の中をうまく生きるには、一見理性で動いているように見せかけて、実はどす黒い欲望と言う強力なエンジンで前に進むことかもしれない。

角田美代子も松永太も、超強力なエンジンを持っていて、そして他人も家族化し、弱みを握り弱らせていくと言う手段を得てここまでの非人間的な行為まで行ってしまったのだろう。非人間的と言うか、むしろ非常に人間らしい行動なのかもしれない。

「つけびの村」を読んだ

俺は犯罪関係の読み物が好きだ。実生活でも役立つから。普通の人と犯罪を犯す人とは同一線上にあり、本人の素質と環境で犯罪まで行ってしまう。世の中には本人の素質的にヤバイのもいれば、環境的に犯罪まで追いやられることもある。両方を知っておけば、もしそんな人に巻き込まれる状況や、環境になったとしても「これはヤバイ」と理解できる。「知っておく」と言うことは自分を客観視するのに必要なこと。

今回の本は以前、noteで話題になっていたのだけれど、俺はnoteのうさんくささが大嫌いで、課金は絶対しないぞと思っていたら書籍化が決まったと言うことで速攻予約してようやく入手。

よくある犯罪物の読み物とは違い、地域の文化や住人の細かい描写があり、何だかいつもと違うなと思っていたら敢えてそう書かなかったと言う記載があり、納得。

特に住人たちの描写が細かく書いており、閉鎖された村社会の雰囲気が良く伝わってくる。

俺も仕事柄、日本中の田舎を廻るのだけれど、田舎は人間関係が固定化していて、子供の時の無茶(他人を傷つけたり、人のモノを盗んだり)が大人になっても許されたり、法律に照らし合わせると犯罪行為であっても赤ちゃんの頃から知っている人たちばかりなので許容されたりする。

俺もある漁師町で飲んでた時に話したオッサンが知り合いと喧嘩して重傷を負わせたみたいなことを言ってたが、その地域の警察含めて不問にしてくれたみたいな話を聞いて、皆が皆を知っているだけに家族的な甘えで処理されてしまうのだろう。

大体田舎の人の人生(飲み屋でしか聞かないのでかなり偏っているとは思うが)は、若くして結婚、夫は農業とか漁師とか工場勤め、できちゃった婚で子供が生まれるも離婚、女性は良い稼ぎを求めて水商売へ。男性は昼間、仕事で稼いだお金で夜のお店へ。でもみんな顔見知りなので普通の人はあんまり無茶もできない、みたいな感じか。

なんせスナックに行ったら友達の姉妹とか同級生とかが出てくるらしくて、あんまり変なことするとすぐに噂になるらしい。

この「つけびの村」に出てくる犯人も、東京で暮らしている時は周りの人々の評判も良かったのに、濃密な人間関係の中で逃げ場所を失い、追い込まれてしまったのだろう。もちろん、周りの人が全て悪いのではなくて、本人の資質もあるだろうけど。

以前、上の記事でも似たようなことを書いたけれど、回りから少しずつ自分を追い詰める欠片をもらい、蓄積してしまったのだろうな。

見たくないものは見ない機能がついていく

周りの同僚や上司を見ると、「それは嫌われるだろう」「それは問題だな」と言う行動をする人が結構いる。一般論で言っても他人を不愉快にさせるのはオジサンが多い。

はたから見ていると分かりやすいのに、なぜ本人はそれに気が付かないのか。それは自動でそういう嫌なことをスキップする能力が知らず知らずのうちに身についてしまうからだ、と気づいた。

赤ちゃんのうちは歩くことすら大変だったのに、大人になれば喋りながらとかスマホイジリながら歩くのは苦もないこと。同じように、聞きたくないことや見たくない、自分にとって厳しい指摘とかは自動で削除してしまう機能がついてしまうんだろう。

当然俺にもそんな機能が備わっていて、今まで聞こえていた、見えていたけど認識しないようになっていたんだ。でも、最近ちょっと心の余裕が出来たことと、本を読んだりして改めて気づかされることがあった。

それは実は将来的にまた俺が独りぼっちになる可能性を示唆している出来事だった。若い時ならそれを回避するために頑張ったのだろうけど、歳を取ったせいか、流れに逆らうより流れに乗る方が良いと考えてしまう。

長い人生の中で、いつまでも同じ場所に一瞬たりとも留まっていられない、良いことも悪いこともどんどん流れてきて、そして流されてしまう。

年の取り方は人さまざまだけど、俺が感じる年を取るとは大切なものを徐々に失っていくことだと思われてしょうがない。

そしてそれも、もがいたりせずに受け入れなくちゃ、と思ってしまう。

受け継がれる帰省

うちは年二回、お盆と正月に俺と嫁の実家に子供を連れて帰省する。片道500kmを超える距離をミニバンで一日かけて走破する。TVで出てくる渋滞に巻き込まれながら、子供と嫁が車内で熟睡する中でもひたすら黙々と運転。

かなりきつい行程なのだが、孫と会った祖父母の笑顔、そして帰省を楽しみにしている子供達のウキウキ具合を見てると我ながらお父さんしてるな、と自己満足。

そういえば俺の親父もやっぱり俺が小さい時に帰省で長時間車運転してた。俺の親父は完全夜行性で夕方に出発して翌朝到着だったな。当時はまだ高速道路が整備されてなかったので地道で移動してた。確か途中フェリーも乗ってたと思う。

子供だった俺はやっぱり帰省が楽しみだった。見慣れない景色と非日常。そういえばいつかその道程をなぞってドライブしてみるのもいいかもしれない。

俺の子供達も家族を作って帰省をしてくれるのだろうか。どこからどこへと走るのだろう。

ちなみに今回のドライブミュージックは稲垣純一。昔懐かしい80年代ミュージック。

チプカシ恐るべし

先日、超久しぶりに海水浴に行った。腕時計どれ着けようかなと迷ったのだけれど、俺が持っているのはtimexとかswatchで、どれも耐久性ちょっと心配だなーと思ってチプカシ持って行ったんですよ。下の商品ね。

チプカシって確か日常防水の筈なんだけど、炎天下の海で一日装着しても全然問題なく動いてた。更にそのまま温泉に入って、その際も着けてたんだけど全く問題なく今でも動いてる。

薄くて軽いので装着してることも忘れるくらいだし、チプカシってマジでスゴイ。

腕時計ってのは嗜好品で、色んな人が色んな思いで付けてるけど、チプカシは実用性で言うと最高峰じゃないかな。

高層ビルでオシャレに勤めたかった

先日、某大都市の中心、高層ビルの上層階へ足を踏み入れる機会があった。ちょうど昼頃で、ランチを食べに出てきた一流企業のサラリーマンとすれ違った。冷房の効いた部屋で一日過ごすだろう彼らは、オシャレなジャケットを身に着け、OL達と同じ上層階にある俺からすればランチには高すぎるだろうと思われる価格帯の店へと消えていった。

今の俺は、零細企業の平社員。日本各地のどちらかと言うと田舎ばかり廻っている人生。誰しもが考える、もし俺の人生が違う道だったら。もしかしたらオシャレな高層ビルで働き、高層マンションでリッチに暮らす人生もあったかも知れない。

タラレバの思いはきっと誰にでもあると思う。50年近くも生きてきて、若い時にはきっとそういう別の人生への分岐点が用意されていてはずなのに、俺が気づいて選択したこと、気づかず選択しなかったことの結果が今の人生。

金がないから安い腕時計で満足してるんじゃないか。金が無いから鄙びた温泉と安い地元の居酒屋で我慢してるんじゃないか。本当は金があれば、ベンツに乗り、ロレックスを付けて銀座へ繰り出したいんじゃないのか。

今更取り返しのつかない人生だし、今から変えるのは若い時以上に大変。好むと好まらずと関わらず、今の立ち位置を受け入れなくちゃいけない。

俺が思うのは、嫁さんも同じことを考えているじゃないのかってこと。俺と結婚しなければ、若い時の美貌でもっと経済力のある亭主を捕まえられたのじゃないのか。俺が知らない、もっと別の選択肢を持っていたかも知れない。

世の中には考えてもどうしようもない取り留めのないことだらけ。そんなことを考えたって、無駄でしかないけど、でもふと高層ビルで見た俺の憧れた生活を目の前に見せつけられて、そんなことを考えた。

腕時計からの雑文

先日のtimexの時計をヤフオクで購入の続き。その後、街の時計屋で電池交換を実施。お店の人曰く、電圧落ちてますねーとのことで交換しといて良かった。そのまま出張に着けていったのだけれど、アラフィフのオッサンが3,000円の腕時計って見る人が見たら貧相なヤツだなと思われるのだろうな。しかしながら俺としては全然満足してる。日付+曜日+3針クォーツと言う必要最低限+シンプルな機能。全然これってありじゃん。

timexの腕時計って電池ってどのくらい持つのか調べたんだけど、1~5年と非常に幅が広い。まあ、2-3年に一回程度で良さそうだね。昔はそんな先のことはもう覚えるの大変だったけど、googleカレンダー使うのを習慣づけたらそこに予定放り込んどけば良いので楽だね。俺は仕事に着けていく時計は止まる前に交換するようにしてるので忘れないようにカレンダーに入れておく。

移動中に周りの人たちの腕時計状況をみて行ったけど、最近は腕時計していない、もしくはスマートウォッチしてるって人たちが多いね。あとはG-shockも多い。ブランド時計としては定番のロレックス、そしてタグホイヤーもいたかな。

若い人に聞いてみたけど、何も考えずにロレックス、オメガしてるのはカッコ悪いらしい。語れるくらい好きだとかだったら基本その人の趣味なので別にOK。

身に着けるものや持っているものより、今はどんな写真をインスタとかSNSに上げられるかが重要らしい。お金に入手できるものより、お金だけでは入手できないもの、誰でも行けないところ、と言う希少性が必要だってさ。

一昔前の「みんな持ってるからお前も持て」と言う圧力の代わりに「お前らとは一味違う俺/私」と言う競争に参加する圧力があるらしい。

なんか話が時計からそれてしまった。

timexの時計をヤフオクで購入

実に20年ぶりのヤフオク使用。

t20031と言う日本未発売の品番で、青い文字盤の曜日と日付の表示があるスタンダードなデザイン。以前から目をつけていて、ebayとかでもチェックしていたけど、なかなか踏ん切りがつかず、購入がずっと先送りになってた。

今回はヤフオクで1000円引きのクーポンが発行されたのと、同僚に欲しいものがあるなら今、買わないともう手に入らないと言う話をして無責任にも散財を勧めておきながら、それは俺にも当てはまるな、と思い購入。6000円くらいが相場なのだが、それを3500円くらいで購入。実物を見ずに購入したのでちょっと不安だったが、思ってた以上にデザインは良かった。特に色遣いが気に入った。ただ、ベルトが男性向けにしては短いので腕が太い人は注意が必要。っていうかアメリカ人はこのベルトサイズで腕入るのか?俺は腕が細いのでサイズ調整無しでちょうどよかったけど。

この品番のデビューは2011年。購入したものはどうやら外箱に記載された西暦から読み取るに製造から5年程度は経過していると思われ、早急に電池は交換しようと思ってる。仕事に付けていこうと思っているので途中で止まったらシャレにならない。

結構腕時計好きなのだが、好きなのがswatchとかチプカシとかで、しかもクォーツ派、更にデザインはシンプルな3針タイプが好きなので、付けている時計からは時計好きと思われず、むしろ時計にこだわらない派によく思われる。ただ、swatchは秒針の音がうるさすぎ。timexも秒針の音は結構聞こえるが、こちらはまだ許容範囲だよね。日本製がやっぱ一番秒針の音は静か。

高級腕時計も物色した時期もあったのだが、どうしても腕時計にそんなにお金を払う気になれず、大体1万円以下でいつも探してしまう。

独自ドメイン+wordpressが無料

無料ドメインのFreenomと合わせて使えば完全無料の独自ドメイン+wordpressって言う環境が手に入る(俺はまだ実証してないけど)。

この情報が拡散されていくと個人相手にレンタルブログとかレン鯖してる業者はつらいよな。とは言うものの、実際に作業を行うにはある程度の知識が必要なので、いきなり大挙してこの方法へ移行するとは考えにくいけど。

先日ブログを移転するときに思ったけど、やっぱ知識って大切だよな。何か新しい分野に手を出すときはある程度の知識を自分から取りに行かないと、初心者を騙そうとする業者に引っかかってしまう、或いは割高な商品を使ってしまう。こういう無料の超お得情報も、この情報にアクセスする情報取得力と、それを実行できるだけの知識が無いと対応できない。

話ちょっとそれるけどさ、そういえば最近のオジサン、情報に対する受け身態勢が酷くない?具体的に言うと、何か未知の分野とかを他人に聞く際、「俺に分かるように説明するのはお前の責任だ」みたいなの。

マジで「俺に分かるように説明できないのはお前のスキル不足」みたいな態度で出てくる。自分の知識不足は無かったことにして、相手のスキルに問題がある、と言う感じ。見てると段々とみんなそのオジサンを相手にしなくなる。せっかく教えているのになぜこちらが怒られなきゃいけないのか、みたいな。

あれはTVの情報番組の影響が大きいと思ってる。TVの情報番組ってホントに視聴者バカにしてんのか、と言うくらい分かりやすく作ってる。ああいうのに汚染されていくと、受け身態勢が醸成されていくんだろうな。

かくいう俺もオジサンなのだけれど、知らず知らずに同じようなことやってる可能性大。気を付けないと。