孤独に耐えるには大きな愛が必要と言う矛盾

この人の文章からはものすごい絶望を感じる。何も期待しない人生、否定で焼き尽くされる人生。京アニの放火犯人が看護婦さんからやさしい言葉を掛けられて、それで感動したみたいな記事もそうだったけど、犯罪を起こしてようやく誰かと繋がるきっかけとなる。それほど無視され続けた人生。

ホントは否定の炎で自分と自分と同じ境遇の人たちを焼き尽くして終わるはずだったのに、黒子のバスケがこの人にとって一番触れられたくない劣等感を偶然刺激してしまい、そこから猛烈な反発で犯罪へと走っていく。

誰にも触らせず、自分ですら触らせないくらいデリケートなところにたまたまヒットしてしまったのだろう。

成功者に嫉妬する負け組の人たちは厳罰に処するべきと言う、自分の所属しているカテゴリーを自ら滅ぼそうとする攻撃性。でもこれらはきっと全て、どこかで救済を求めてる。

なんでこんなに救済のない世界になった?それとも昔から救済は無かったけど、インターネットでそれが可視化されただけ?

見た目で有利な女子供はまだ救済される。だけど、一般常識上、強者とされるオジサン、そして若者(男)は救済する側になることはあっても、救済される側になるとは考えられていない。そしてそういう制度はまたオジサン(勝ち組)が作ってる。

こういう若者に、世間で生き抜くよりまだ刑務所の方が暮らしやすいと言わせてしまうほどに、酷い世の中になってしまったのか。そしてそれは俺(と俺の同世代のオッサン)が作り上げた世界。